“ビジネスと人権”が経営リスクになる時代──いま企業が向き合うべきこと

「人権」と「ビジネス」が交わる時代

「人権」とは、すべての人が生まれながらに持っている、自由と尊厳を守られるための基本的な権利のことです。こんな話をすると、何やら小うるさい「きれいごと」の話でもするのかと思われてしまうかもしれません。日々の会社経営の現場だとか業績などには全然関係のない話でしょ?と思う人のほうが多いのではないかと思います。
ところが、現代では、この「人権」が、企業の業績や会社の存続すらも左右しうる重要な経営課題となっているのです。
伝統的に、人権の保障は国家の義務だと考えられてきました。しかし、ビジネスのグローバル化が進む中、単に国家の義務を謳っているだけではいつまで経っても人権保障が達成されないという現実が明らかになってきました。発展途上国での児童労働や強制労働、紛争鉱物の取引などがその典型ですが、それだけでなく、より身近な問題として、長時間労働や職場でのハラスメントなども含めて、人々の「人権」が侵害される場面には、ほとんどと言っていいほど、何らかの形で企業の事業活動が関係しています。
そのため、人権を保障する「国家の義務」と並んで、「人権を尊重する企業の責任」というものが認識されるようになりました。これが「ビジネスと人権」の考え方です。企業は自社の事業活動だけでなく、サプライチェーンを含めた広い範囲で人権に配慮し、問題があれば是正する責任を負うという考え方です。
企業経営にあたって人権に配慮しましょうと言われても、「人権」というものが抽象的すぎて、今ひとつピンとこないかもしれません。そこで、以下では、企業と人権との関わりについてイメージを持っていただくために、ニュースにもなった具体的事例をいくつか紹介します。

人権問題が企業にダメージを与えた事例

●ナイキ(1997年~)

やや古い話になりますが、有名な事例なので最初に紹介します。1997年、ナイキが委託していたベトナムなどの東南アジアの下請工場で、児童労働や強制労働、長時間労働、低賃金、セクシャルハラスメントといった劣悪な労働環境が横行していることが、欧米のNGOやメディアによって明らかにされました。
これをきっかけに、欧米の大学や消費者団体を中心にナイキ製品のボイコット運動や訴訟キャンペーンが広がりました。ナイキは当初関与を否定しPR的に対応していましたが、世論の激しい批判を受け、労働者の最低年齢の引上げや最大労働時間の設定、第三者によるモニタリング導入などの再発防止策を公表することになりました。調査によれば、ナイキはこの一連の問題で、1998~2002年の5年間に約121億ドル(約1.4兆円相当)もの売上を逸失したと言われています。

●ユニクロ(2021年~)

新疆ウイグル自治区産の綿(新疆綿)を使用した製品が問題となったケースです。
中国・新疆ウイグル自治区は良質な綿の産地として知られていますが、その生産過程で少数民族ウイグル族に対する人権侵害が行われているとアメリカのシンクタンクが発表したのを受け、2020年から2021年にかけて、アメリカ、イギリス、カナダ、EUが対中制裁を発動しました。欧米のファッションブランド各社(H&M、ナイキ、アディダスなど)は新疆綿の使用停止を宣言したのですが、同じく新疆綿を使用した製品を生産していたユニクロ(ファーストリテイリング)や無印良品は、このとき明確な態度を取らなかったことから国際的な非難を浴びることになりました。ユニクロは、アメリカのウイグル強制労働防止法に基づき輸入禁止措置を受けました。
また、2024年11月、BBCのインタビューで柳井会長が「新疆の綿花はユニクロ製品に使っていない」との趣旨の発言をしたところ、今度はこれが中国のSNSで拡散して大規模な不買運動に発展し、株価が一時大きく下落しました。中国で起こった不買運動の動機は他のケースとはやや異なりますが、人権問題が不買運動に発展した事例の一つではあります。

●Apple(2024年)

紛争鉱物の使用が企業に損害をもたらしたケースです。紛争鉱物(Conflict Mineral)とは、武装勢力が関与する地域で採掘され、その収益が内戦や人権侵害の資金源となる鉱物資源のことを指します。主にアフリカ中部(特にコンゴ民主共和国とその周辺国)で採掘されるタンタル、スズ、タングステン、金などがこれに当たります。
2024年12月、2024年12月、コンゴ民主共和国政府がAppleを戦争犯罪と人権侵害に関与した疑いでフランス・ベルギーで刑事告発しました。Appleがコンゴとルワンダから調達されたコバルト・金などをiPhone製造に使用していたとされ、調達元での児童労働や強制労働の疑いが指摘されました。調査と対応のための費用や、消費者からの批判、国際的な企業イメージの失墜により10億ドル規模の損失が想定されるとも言われています。

●電通(2015年)

2015年、広告大手・電通で新入社員として働いていた女性が、長時間労働と上司からのパワハラを苦に自死したことが社会的に大きな問題となりました。亡くなる直前の1か月間の残業時間は100時間を超え、労災が認定されて電通は厚労省の特別指導を受けただけでなく、労働基準法違反で書類送検もされました。その後電通はグループ内での時間外労働を厳しく制限する等の制度改革を実施し、クライアントからの信頼回復にも尽力しましたが、一部の大手企業では契約を見直す動きもありました。企業イメージは大きく毀損し、電通は「働き方改革」の象徴的事例として長く記憶されることになりました。

●岡山の繊維工場(2022年)

2022年、岡山県内の繊維工場で働くベトナム人技能実習生が、最低賃金を大きく下回る給与で長時間働かされていたことが報道されました。実習生たちは狭く不衛生な寮に住まわされ、自由な外出も制限されていたといいます。この問題を受けて、関係する監理団体には行政処分が下され、一部のアパレルブランドは工場との取引を中止しました。こうした構造的な人権侵害は、直接的に経営リスクとなるだけでなく、企業の社会的責任が厳しく問われる時代になっていることを示しています。

●LINE(2021年)

あまり意識されないかもしれませんが、個人情報やデータプライバシーの問題も個人の人権に関わる問題です。2021年、コミュニケーションアプリ「LINE」の利用者データが、委託先である中国企業からアクセス可能な状態にあったことが明るみに出ました。この問題は、プライバシーや個人情報保護に関する国民の不安を一気に高め、総務省による行政指導や政府機関での利用停止措置に発展しました。LINE社は国内サーバー移転や管理体制の強化を打ち出しましたが、透明性やガバナンスの不備が厳しく批判されました。

企業が意識するべき人権リスク

以上に見てきたように、人権の問題は企業の経営に大きなダメージを与えることがあります。そうならないように、企業は日頃から人権を意識した経営を行う必要があります。
企業が意識するべき「人権リスク」は多岐にわたります。事業活動から発生しやすい人権リスクには業種などによる違いもありますが、ある程度共通しているものとして、以下のようなものがあります。もちろん一例にすぎません。

1.労働関係のリスク
長時間労働、加重・危険労働、各種ハラスメント、性別等による差別的な処遇、外国人労働者の労働環境 など
2.サプライチェーン上のリスク
原材料調達先での児童労働、強制労働 など
3.個人情報・プライバシー関連リスク
ウイルスや不正アクセスによる顧客情報の漏えい など
4.地域社会との関係におけるリスク
近隣住民の住環境悪化(大気汚染、騒音・悪臭、大気汚染、水質汚濁、土壌汚染等の公害問題、日照権侵害など)、大型開発等による周辺環境への影響 など

意識の高い大企業だけの問題ではない

ここまで人権リスクについて見てきましたが、これは大企業だけの問題ではありません。企業は何らかの事業を通じてお金を生み出している以上、必ずどこかに「人」との接点を持っています。従業員や取引先だけでなく、社会との接点もあります。「人」との接点があるということは、すなわち「人権」との接点があるということです。「人権と無関係な企業」というものは、およそこの世に存在しません。そうである以上、すべての企業は人権リスクと無縁ではいられないのです。
より現実的な問題としては、人権尊重の取組が不十分な中小企業は、重要な取引先である大企業から是正を求められたり、最悪の場合は取引を打ち切られたりするおそれがあります。大企業は、サプライチェーンの末端に至るまで人権問題に配慮しなければならないので、直接の取引がない二次下請や三次下請の人権状況にも目を光らせています。
「人権なんて我が社には関係ない」と思っていると、思わぬところで大きな損失をこうむる危険があります。それだけでなく、これからの時代は、人権尊重の取組が武器になるのです。
今から「人権経営」に取り組みましょう。

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