人権方針の策定(2) ~ どんな内容にすればいい?

人権方針の「型」

「ビジネスと人権」に取り組むうえで最初にすることが、自社の人権方針を作ることです。では、自社の人権方針として、どのような内容のものを作ればよいのでしょうか?
 
人権方針には、「この要素を盛り込むべし」という、いわば「型」のようなものがあります。経済産業省が公表している「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」(「実務参照資料」と略されます)では、人権方針に盛り込む項目として、以下の7項目を挙げています。

① 位置づけ
② 適用範囲
③ 期待の明示
④ 国際的に認められた人権を尊重する旨のコミットメントの表明
⑤ 人権尊重責任と法令遵守の関係性
⑥ 自社における重点課題
⑦ 人権尊重の取組を実践する方法

ただ、これらの項目はあくまでも例であって、このとおりに記載しなければならないものでもなければ、この7項目だけを記載しておけば足りるという趣旨でもない、と実務参照資料は言っています。そうは言っても、政府の公的な文書が示している「型」なので、実際に多くの企業がこれらの内容を盛り込んだ人権方針を策定しています。
以下、それぞれの項目について見ていきます。

7つの項目それぞれの意味

① 位置づけ

人権方針が自社にとってどのような意味を持ち、どのように位置づけられるのかを最初に説明するのがこのパートです。人権方針の最初に書かれます。人権方針は企業の経営理念や行動指針等とも密接に関わりますので、自社の経営理念や行動指針等に言及した上で、それらと人権方針との関係性について記載します。

② 適用範囲

人権方針はグループ全体に適用されるのが通常です。子会社があるような場合は、例えば「本指針は、当社及び連結子会社の全ての役員と従業員に適用されます」というような一文を入れて、自社だけでなくグループ全体に適用されるものであることを明示します。

③ 期待の明示

 人権尊重の取組は自社の中だけで完結するものではなく、取引先を含む関係者の協力も不可欠です。そこで、人権方針の策定にあたっては、取引先をはじめとする関係者に対する人権尊重の期待を明らかにすることが求められています。7項目のうち、この「期待の明示」は必須項目とされていますので、必ず言及する必要があります。実際の例では、「取引先等に対しても本方針の遵守を求めます」というような書き方をするものもありますし、「取引先の皆様へのお願い」という書き方をしているものもあります。

④ 国際的に認められた人権を尊重する旨のコミットメントの表明

 こちらのコラムでも解説していますが、「ビジネスと人権」というときの「人権」は、「国際的に認められた人権」のことであり、少なくとも

・「国際人権章典」で表明されたもの
・「労働における基本的な原則及び権利に関するILO宣言」で挙げられた基本的権利に関する原則(中核的労働基準)

を含みます。多くの会社の人権方針ではこの2つの文書の名称が明記されています。これに加えて他の国際的文書を挙げているものもあります。国際的な人権水準を示したそれらの文書の「考え方を支持し、人権を尊重します」という約束・宣言(コミットメント)は、人権方針の核となる部分です。

⑤ 人権尊重責任と法令遵守の関係性

これは主に外国のことが念頭にあります。海外での事業展開していないとか、海外との直接取引がないという中小企業の場合はピンとこないかもしれませんが、事業で取り扱ったり使用したりしている「モノ」の原材料にまで遡れば、その事業活動が国内だけで完結していることはまずないと思います。そんなこと言い出したらキリがないと思うかもしれませんが、そこに無頓着であっはてはならないというのが「ビジネスと人権」の考え方です。
各国の法令やその執行状況には、「人権」という観点からは様々なレベル感があります。人権状況が不十分な国の場合、その国の法令を遵守しているだけでは「国際的に認められた人権」が保護されず、その国の人々の人権への悪影響を助長してしまうということが起こりえます。例えば「途上国の児童労働や強制労働で作られた物は使いません」とか、そういう話なのですが、我が社はそういうこともちゃんと意識していますよということを、人権方針に書いておくわけです。

⑥ 自社における重点課題

自社の業種、事業分野や、サプライチェーンの状況によって、人権への負の影響が生じやすい場所やその負の影響の内容・深刻度は異なります。業種に特有の人権リスクがある一方で、例えば労働者の人権に関するもの(労働者の健康と安全)は業種を問わず共通しています。そのような観点から自社の事業活動における重点課題を抽出して、それを人権方針に盛り込んでください、ということです。ただ実際のところは、上場企業の人権方針でもこの点の記載がないものは結構あります。ここは人権デュー・ディリジェンス(人権DD)をする中で特定していく部分でもありますので、最初はあまり無理しなくてもいいのかなと思いますが、人権DDをやってみて重点課題が特定できたら、人権方針を改定してそれを盛り込んでいくのが望ましいと言えます。

⑦ 人権尊重の取組を実践する方法

 人権方針は策定・公表して終わりではなく、企業全体に人権方針を定着させ、日々の活動の中で具体的に実践していかなければ意味がありません。そのため、人権方針には、企業が人権方針で掲げた約束をどのように実現していくかを記載します。
多くの企業の人権方針は、「人権デュー・ディリジェンス(人権DD)の実施」、「救済の方針」、「ステークホルダーとの対話」の3点を挙げています。

「人権方針の位置づけ」は決まっている

ところで、7項目の最初のところで、人権方針の「位置づけ」として自社の経営理念や行動指針等との関係性を書くということが言われていますが、この「位置づけ」に関しては、実はあまり書き方のバラエティがありません。
企業の経営理念というものは会社によって実に様々な言葉で表現されていますが、どの会社の経営理念も、究極的には「顧客に対する価値の提供を通じて、社会に貢献する」ということを言っているはずです。その経営理念を実現するために誰かを不幸にして
いいわけがないですよね。
とするならば、人権尊重の概念というのは、その経営理念の中に「当然に含まれている」か、あるいは経営理念よりも「上位の概念」として存在する、ということになります。少なくとも人権方針が経営理念等よりも「下にある」「劣後する」という位置づけになることはありえません。
実際の人権方針での書き方としては、「すべての事業活動の前提」とか、経営理念、行動指針等と「一体をなすもの」とか、あるいはそれらを「人権の観点から補完するもの」といったような書き方がされます。

書く順序は自由

人権方針は企業の内外に向けたコミットメントなので、策定している企業は必ずそれを公開しています。各社の人権方針を比較すると、見出しの立て方や内容の順序などはさまざまですが、おおよそ上記7項目の要素を何らかの形で盛り込んでいます。
 各要素の並べ方は自由なので、書きやすい順番で書けばいいでしょう。 

(1) ①から⑦までをそのとおりの順番で書くパターン

 この書き方では、①②③が前文、④⑤が主文(⑤は主文の補足)、⑥⑦が各論という論旨の流れになります。

(2) ③を最後に回すパターン

 ③の取引先へのお願いを最後に持ってきて文章を締めくくる流れです。
「①②→④⑤→⑥⑦→③」という順で書けば、①②が前文、④⑤が主文、⑥⑦が各論、③が後文となります。
 また、③には、②の適用範囲の外縁を拡張するという性質がありますので、②③をくっつけて最後に持ってくるという流れもありえます。「①→④⑤→⑥⑦→②③」という順番になりますが、これもきれいな流れです。

(3) ⑥を別紙に切り出す方法

 ⑥の重点課題は事業環境の変化に応じて改定の必要が生じやすい部分なので、これをあえて本文に書かないで「別紙」として本文に添付するという方式を採用している会社もあります。これはうまいやり方だと思います。
そもそも「課題」というのは、解決する必要があると認識されたテーマです。重点課題に掲げた以上、企業はその課題についての何らかの対応をしなければなりません。その取組を通じて課題が解決したり解決の目途が立ったりした場合は、いつまでもそれを重点課題に居座らせておくのではなく、次の重要課題に取組の重点をシフトしていく必要があります。このように、「重点課題」は本来移り変わっていくべきものなのです。人権方針に掲げた重点課題が頻繁に改定される会社は、新たな領域に積極的にチャレンジをしている会社か、掲げた課題を次々と解決しているダイナミックな企業であると言えます。
 

人権方針は一度作って終わりではない

 繰り返しになりますが、人権方針は一度策定して終わりではありません。その人権方針を日々の現場の事業活動に反映させることができなければ、企業として人権尊重の責任を果たしていることにはなりません。
また、企業が直面する課題は刻々と変化しますので(普遍的な課題もありますが)、人権方針もその変化に応じて柔軟に改定する必要があります。
従業員にも役員にも忘れ去られるような、埃(ほこり)をかぶっている人権方針では意味がありません。人権方針の策定はそれ自体とても大切なことなのですが、本当に大事なのは、人権方針を作った後なのです。

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