人権方針の策定(1) ~ 策定プロセス

人権方針は「コミットメント」

「ビジネスと人権」の取組を始めるに当たって最初にするのが「人権方針の策定」です。人権方針というのは、企業が内外に向かって宣言する「人権尊重責任を果たします」という約束のことで、この「ビジネスと人権」界隈では必ず「コミットメント」という言葉が使われます。コミットメントというのは、宣言であり、約束です。
資格試験の勉強やダイエットなどは、目標を自分の中にこっそり持つのではなく周囲に宣言したほうが成功確率が上がるとよく言われますが、あれは「パブリック・コミットメント効果」と言って、人は一度周囲に対して「これをやる」と公言してしまうと、それを実行しないと信頼を失うことを恐れて目標に向かって行動しやすくなる、という効果です。
社長を含めた経営トップが「我が社は人権を尊重します!」と宣言することによって、周りから「言った以上は本当にやるんだよな」というふうに見られますので、いい加減なことをしていると「嘘つき」のレッテルが貼られて信用を失います。言葉にすれは意識が変わり、意識が変われば行動が変わります。だから、とにかくまず宣言するわけです。人権方針が「企業のコミットメント」だと言われるのはそのためです。

人権方針の5要件

人権方針は以下の5要件を満たしている必要があるとされています(指導原則15、ガイド
ライン3)。

① 企業のトップを含む経営陣で承認されていること
② 企業内外の専門的な情報・知見を参照した上で作成されていること
③ 従業員、取引先、及び企業の事業、製品又はサービスに直接関わる他の関係者に対
する人権尊重への企業の期待が明記されていること
④ 一般に公開されており、全ての従業員、取引先及び他の関係者に向けて社内外にわ
たり周知されていること
⑤ 企業全体に人権方針を定着させるために必要な事業方針及び手続に、人権方針が反
映されていること

このうち、人権方針の内容に関する要件は③だけで、あとの4つは手続(プロセス)に関する要件です。社内の各部門から情報収集し、できれば外部の専門家等の知見も入れながら作成し(②)、最終的には経営トップを含む経営陣が承認すること(①)、そして、作った人権方針は公開して従業員や取引先等に周知し(④)、さらに、人権方針で謳ったことを現場の業務に落とし込んで日々の活動の中で実践していくこと(⑤)。中身の要件(③)については別の記事で説明しますが、プロセスの要件(①②④⑤)は要するにそういうことを言っています。

人権方針の策定手順

経済産業省が示しているモデルでは、人権方針の策定プロセスは以下の4ステップという
ことになっています。

① 自社の現状把握
② 人権方針案の作成
③ 経営陣の承認
④ 公開・周知等

①②については、とりあえずここでは「自社の現状を把握して、自社にフィットした人権方針案を作成してください」といった程度に理解しておいてください。ここで重要なのは、③の経営陣の承認と、④の公開・周知です。人権方針は全社の事業活動に浸透させる必要があるので、「人権方針はコンプラ部門が作った。社長は知らない」では話になりません。人権方針は作成した後に公開するわけですが、公開される人権方針の末尾には、責任者の氏名を記載します。そこに記載される氏名は、コンプラ担当の取締役とかではなく、必ず企業のトップである必要があります。

ニワトリとタマゴ?

さて、「ビジネスと人権」の取組はまず人権方針の作成から始めましょうと一般的には言われるのですが、その人権方針策定にあたっての最初のステップが「自社の現状把握」です。この「自社の現状把握」というのは、自社の事業を通じて誰かの人権に影響を及ぼしそうな場面を特定して、それを踏まえて人権方針を策定しなさいということなのですが、人権に対する「負の影響の特定・評価」という作業は、人権デュー・ディリジェンスの中で行うことでもあります。あれ? 「人権方針の策定」の前に「人権DD」をしなくちゃいけないの? 人権方針の策定と人権DDはどっちが先なの? という疑問が湧いてきて、なんだかニワトリ・タマゴのようですね。実際そういう面もあるのですが、最初に始めるときは、やはり人権方針の策定が先です。そのため、初めて人権方針を策定する際に行う「自社の現状把握」は、デュー・ディリジェンスのような詳細なものではなく、ある程度ざっくりしたものでかまいません。
一度制定した人権方針は、その後変えてはいけないという性質のものではなく、人権DDをやって改善点を見つけて…というプロセスを経て、必要ならば“2周目以降”で修正すればよいのです。人権尊重の取組は、このように、一連の取組をぐるぐる回しながらブラッシュアップしていく、いわば「らせん状」の取組なのです。

とにかくまず宣言する

人権方針策定のためにおこなう「自社の現状把握」は、最初は解像度が粗いものでもか
まいません。とにかくまずは「我が社は人権を尊重します!」という宣言をして、取組を
始めましょう。

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